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雪國殺人事件/西村京太郎

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  一翻開,就知道這本書和川端的《雪國》絶對脫不了關係。正如《雪國》開頭首句「火車穿過縣境長長的隧道,就是雪國了。」所寫的一般,橋本也坐這火車往雪國奔去。不同的是,從東京上朝日號的他手上多拿了本《雪國》。自此,這本《雪國殺人事件》對我來說,重點也就不在《殺人事件》,而在《雪國》了。

  為什麼會這樣想呢?我也不知道,只能說,也許是因為我無法想像川端的《雪國》被拿來當成模仿殺人的題材吧。

  看的出來,西村的設定大致上仿自雪國。本書裡,十津川警部並沒有多吃重的份量。我想也是因為角色屬性不合,所以才把主角的位置讓給橋本吧。菊乃與舞香,明顯的對應駒子與葉子。

以下未讀勿入

雪國
  比較不同的是加入了大學生長谷川透這個帶著點天真的角色,對橋本-島崎代表的觀念進行了反抗。從這點看來,就不難理解為何在書末長谷川與舞香會進行幾乎不可能的逃亡,而作者卻一點也藉橋本之口去提一些在現實層面上的考量。身為前刑警的橋本想必清楚的了解到,要逃過這樣的追捕是不可能的。然而他並沒有在心中為這兩個年輕人著急、測度可能的逃亡路徑與方式,反而像個自知將目睹悲劇的(冷靜)旁觀者,「只求他們能盡量逃遠一點,逃久一點」。在這一點上,島崎與橋本的形象重疊了。

  然而橋本畢竟不是島崎。他缺乏島崎那種對於美的專注追求,他只是迷惘,加上隱約的預感與自覺的迎向悲劇的終局。

  附帶一提,我初看《雪國》,感想和長谷川透一樣,不太能夠理解島崎的想法。不曉得如果最近再看一次,會有什麼感想呢。

  西村這本書寫的其實不錯,不過如果在菊乃與舞香之間多作鋪陳著墨,似乎整本書會探索的更深的感覺。童話盒子的54書店的店長說的好:「無法適應西村強說愁的文藝腔,推理小說不見得要屍遍野,但有殺人事件也不完全是推理小說。」

  文藝腔我是覺得還好啦,不會那麼難以忍受就是。

  不過照慣例還是要說一下排版。編輯可能有些小疏忽,例如有個句子重印了(晚點再回頭找是在第幾頁。)。

新雨出版社的blog:NewRain 新雨新書搶先報




這是以《雪國》為名的演歌。

吉 幾三 作詞/作曲

好きよあなた 今でも今でも
暦はもう少しで 今年も終りですね
逢いたくて恋しくて 泣きたくなる夜
そばにいて少しでも 話を聞いて
追いかけて 追いかけて
追いかけて 雪國


窓に落ちる 風と雪は
女ひとりの部屋には 悲しすぎるわあなた
酔いたくて泣きたくて ふるえるくちびる
そばに来て少しでも わがまま聞いて
追いかけて 追いかけて
追いかけて 雪國


好きな人はいるの あなた
バカねバカな女ね 意地をはってた私
逢いたくて夜汽車乗る デッキの窓に
とめどなく頬つたう 涙のあとを
追いかけて 追いかけて
追いかけて 雪国


逢いたくて恋しくて 泣きたくなる夜
そばにいて少しでも 話を聞いて
追いかけて 追いかけて
追いかけて 雪國
11 11-2005 [Mystery]日本 Trackback:0Comment:0

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